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ターザン2006年5/10号 マガジンハウス 「カナディアンカヌーの楽園アルゴンキンを行く」 取材・文/木村東吉(96.97ページ)、高橋庄太郎(83.95ページ) 撮影/中村隆之 PDFファイルで掲載誌と同じ様に写真もご覧になりたい方は以下をクリックしてご覧下さい。 P84-P87(700KB) P88-P91(599KB) |
カナディアンカヌーの楽園、 アルゴンキンを行く。 答えはカナダ東部にある、アルゴンキン。不思議な響きを持つこの土地は、大昔からカヌー文化を育み、継承してきた。今なおカヌーの楽園であり続けるこの地を、アウトドアエッセイスト、木村東吉が旅した。 木村東吉のカナダ紀行/静かな水面の上を、思うがままにどこまでも旅することができる、カナディアンカヌー。それゆえ自由な生き方の象徴.とされてきた。日本の26倍の国土を持つカナダ。そのどこかに、ルーツが秘められているという。 世界的に破壊されつつある自然環境を考える上で、アルゴンキンは示唆するものが大きい場所でもあるのだ。 アルゴンキンの自然は、カナダの文化にも大きな影響を与えてきた。ヨーロッパともアメリカとも違うカナダ独自の現代絵画の基礎を作ったトム・トムソンは、この土地の自然に触発され、いくつもの鮮烈な作品を生み出した。彼はカヌーの腕にも定評があったが、公園内のカヌー・レイクで不可解な溺死を遂げ、今や伝説の存在となっている。また、アメリカから移り住み、野生動物の生態を鮮烈に書き残した作家、あのアーネスト・トーマス・シートンの著作の舞台にもなり、彼の暮らしていたロッジは、今も湖のほとりにかわいらしい姿を残している。しかし、何よりアルゴンキンという地は、今も昔も地元カナダの人々が夏のバカンスを楽しむ人気スポットなのだ。以前、公園内には、いくつものホテルが立ち、市民が個人所有するロッジが林立していた。だが、現在は最低限の宿泊施設に限定し、ロッジを新しく建てることは禁止されている。 パドルを手に、いざ湖へ。真の自然が見えてくる。 最近では、世界中の旅好きから注目を集めつつある。道路を自動車で移動し、トレイルを散策する。それだけでも秋の紅葉シーズンには、真っ赤に染まったメイプルの葉を楽しめる。これだけの規模で、紅葉が広がる場所は世界中でも滅多にない。ムース(ヘラジカ)やオオカミなど40種の哺乳類、オンタリオ州の州鳥でもある赤い目をしたルーン(アビの一種)はじめ260種以上の鳥類、釣り好きにはたまらない巨大なトラウトも数多く生息し、1000種以上の樹木が繁茂する景勝地なのだ。 湖の数は、確認されているだけで2000以上。それらの湖のいくつか(といっても、かなりの数)をつなぎ、迷路のようなカヌールートが設定されている。その総距離は、実に2100q! 湖と湖との間は、曲がりくねった浅くて細い水路を懸命に漕ぐか、カヌーと一切の荷物を自ら担いで陸路を移動する「ポーテージ」をしなくてはならない。すべてを漕破するのは、普通の人には不可能だ。だが、数時間だけでも湖に漕ぎ出してみたい。そうすれば、カナダ人にとってカヌーとはいったいどういう存在なのか、このアルゴンキンでカヌーがどういう役割を果たしてきたのか、少しは理解できるだろう。もちろん長いカヌートリップができれば、ベストだ。では、5日間に及ぶ東吉さんのカヌートリップをご覧あれ。 漕いで漕いで、漕ぎ続けた!4泊5日、カヌートリップ。 巨大な湖を横切り、幅狭い水路をウネウネと進む。総距離は90q。カヌーの真髄を垣間見た。 青空がどこまでも広がる8月初旬、東吉さんのカヌー旅が始まった。……と、それを語る前に、事前の準備を説明しよう。今回は現地オンタリオ州のアウトフィッター(ツアーのセッティングやガイド、ギアの用意をしてくれる会社)を利用した。この助けがあれば、日本から巨大な荷物を持っていく必要がない。出発前には、寝袋、着替えなど最低限の個人用荷物をパッキング。市販のビニール袋に小分けして入れ、さらにナイロン袋に詰め込む。濡れることが不可避なカヌー旅で、荷物への浸水を避けつつ、しかも軽く済ませたいなら、これがベスト。このビニール袋の活用法は、簡便さを重視する「ファスト&ライト」な旅らしいアイデアだ。あとは、公園のオフィスに出向き、公園使用料を支払い、レクチャーを受けることくらい。カヌーや食料の用意などはアウトフィッターが手配してくれているからだ。だが、ここに落とし穴があった。この至れり尽くせりに気を緩め、大事なものを忘れていたのだ。そのあたりは、後のページで。 水をかく。漕ぎ続ける。筋肉が活躍する。 「おぉ! では行くぞぅ!!」今度こそ出発だ。カヌーのパートナーを前に乗せ、東吉さんは後部へ。オールが水をかいていく。基本的に2人で漕ぐカヌーは、後部のほうが前の漕ぎ手よりもエラい。前はひたすら推進力をつければいいが、後ろはそれを見計らいながら、進路の調整をする。またカヌーはバランスが悪いとクルクルと回り始めるが、それを抑えるのも後部の役目。つまり船長だ。 東吉さんの隆々とした腕が、力強く的確に水をかいていく。だが初心者が乗ったカヌーは蛇行し、遠く離れていってしまう……。「おい! パドルを水面に入れる角度が悪い。ちゃんと水を捕らえないから曲がるんだ。特訓だ!」 笑いながらも、ビシビシとアドバイスが送られる。体育会系というか、東吉「男塾」の様相だ。湖の水は透き通り、浅瀬にはトラウトやブラックバスが泳いでいる。ハスの葉が水面を覆い、ヌルヌルしたゼリーをまとったジュンサイの茎が、泥の中から水面に伸びてきている。水質は清冽で、直接飲んでも問題ないほど。だがツアーでは安全を考慮して、殺菌したものを飲めるようにしている。 今回の行程には数か所、荷物を担いで陸路を移動しなければいけないポーテージのポイントがある。最長で2320m。時間にして30分以上はかかるルートだ。メンバーは、カヌーを担ぐ者と、カヌーパックという専用のバックパックに入れた重い荷物を背負う者に分かれる。もちろん、東吉さんはカヌーを担当。全長5・5m近くあり、バランスを取るのも難しいため、ここは達人の出番だ。「道が狭いし、滑るし、思ったよりキツいね」とは言うが、ポーテージ姿が実に絵になる。さすがだ。こんな調子で進んだ4泊5日。ビーバーのダムを何度も乗り越え、時に強風の中も漕ぎ進んだ。前に進む原動力は、自分たちの2本の腕。筋肉を鍛えることの大切さを、身に染みて味わった。 カヌートリップの醍醐味は、キャンプ生活にもある。 移動する生活。それが旅というものだ。無論カヌートリップも例外ではない。朝メシを食い、午前中から数時間カヌーを漕ぐ。途中で昼メシを食い、その日のキャンプ地を決めて上陸。テントを張り、寝る前に夜メシ。空いている時間は、何をしてもよい。ただし、カヌーの漕ぎがヘタな者には、東吉さんから「練習でもしてこい」との言葉も。ともあれ、長い日でも7時間、短い日では3時間しかカヌーを漕がなかった今回のツアー、陸上での生活も大きな楽しみなのである。 泳いでも、釣りをしても、本を読んでも、昼寝をしてもOK。人それぞれに、求めることは違う。しかし、東吉さんの最大の喜びは、半ば封印されていた。 「うわ.、誰もいなくて、景色も最高! これで酒があれば……」 オンタリオ州では、アルコールの販売はライセンス制。決められたところでしか、入手できない。それなのに、事前に購入してくることに失敗していたのだ。 大自然の中で食うメシは、うまい。しかし、よりうまく食うために欠かせない酒がない。アルコール最優先の生活スタイルを持つ東吉さんにとって、これは誤算だった。2本しかないボトルワインを大事に抱え、%日に飲む分量を計算する姿は、かなりわびしかったと書いても間違いなかろう。 とはいえ、酒はなくても、他の東吉さんの生活スタイルは、カヌートリップの間も変わらない。 宅のある河口湖では早朝に起床しているが、アルゴンキンでも早朝にはテントを出る。いつものランニングの代わりに、カヌーで湖に漕ぎ出し、周囲を巡る。カラダを動かす朝のトレーニングは、アルゴンキンにいても同じ。カラダが健康であってこそ、余裕を持って旅を堪能できるのだ。 「朝日が昇る景色、スゲーきれいだったよ。薄明るい光が、どんどん赤くなっていってさ、パーっと光が差してくる。あれを見ないんじゃ、来た意味ないぞ」 遅く起き出してきたメンバーを悔しがらせようと説明に力が入っている。実際、森の上から出てくる朝日は、後光が差しているような感じで、思わず手を合わせたくなるほど神々しかった。 湖上よりも長い キャンプ時間の工夫。 先にも書いたように、自然の中で食べるメシは、うまい。とはいえ、自力ですべてを運ぶカヌートリップでは正直、何でもふんだんに持っていくことなどできない。燃料は最低限に抑え、生の野菜や肉類も少なく、乾燥したシリアルや軽量のパン類がメインになる。だが、それでも十分な量のメシを食わせてくれるのだから、ありがたい。キャンプといえば日本人には外すことができないカレーを用意している日もあり、ツアー客への心憎い配慮を感じさせる。しかも、デザートには甘い特製ブラウニーまで焼いてくれるのだ。 このアルゴンキンには、シートンが自然観察を長期間行ったほど、多くの動物が生息している。カヌーの上からは、ムースやシカ、ビーバーが、キャップ地ではリスや鳥類が、視界に飛び込んでくる。 遭遇の機会は少ないが、凶暴な動物も。例えばブラックベア。公園内に2000頭前後いると見られ、人間の食料の匂いを嗅ぎ付けて寄ってくる。注意が必要だ。 「うわ、やっぱりいるんだ……」 東吉さんが嘆いたのは、クマ害防止のために、食料を木に吊るしたときのこと。いくら頭では分かっていても、実際に現場で遭遇するとクマへの恐怖心が湧き上がってきてしまう。吊るしやすい高さと太さの木がすぐに見つかれば安心だが、低い場所しか見つからないと、安心して夜も眠れない。 静かな湖に響き渡るのは、この地を代表するルーンという鳥の鳴き声だ。ときに物悲しい「クーゥン、クーゥン」という声、ときに狂ったような「クルゥゥルルン、クルゥゥルルン」という声。切ない気持ちがこみ上げる。夕暮れの暗い中で聞くと、キャンプ地にいる仲間しか地球上には住んでいないのではないかと思えてくる。そんな、孤独感漂う声なのだ。 キャンプ指定地はアルゴンキン内に約2000存在するが、あらかじめどの湖でキャンプするか申請しておき、緊急時以外は守らねばならない。しかも自然へのダメージを考え、その湖内でも%か所につき、%つのグループしか使えないルール。だから、夜になると他の人たちの気配はほとんど感じられない。黒に近い群青の空に、白い絵の具を飛び散らせて描いたような星明り以外は、はるか彼方、湖の対岸で焚き火をしている明かりが、時折見える程度だ。 自然に配慮したルール作りは徹底していて、キャンプ場も数年に一度は場所を変え、以前の場所はその後当分使わない。フタの開け閉めの音から「サンダーボックス」と呼ばれるトイレもまたしかり。排泄物が溜まると公園のレンジャーたちが定期的に埋め戻し、穴の場所を変える。焚き火は禁止されてはいないが、指定の場所を利用する。元に戻るのに30年かかるといわれている森を守るために、最大の努力が払われているのだ。 今回の旅で10近い大きな湖、いくつかの小さな湖、そして長いクリーク(水路)を何度も抜けた。メシを食い、漕ぎ疲れ、眠り、何度も笑い、心の開放感に浸った。酒はなくても、東吉さんは大自然に酔いしれていたようだった。 自然をたっぷり楽しみ、かつ保護する。アルゴンキンの流儀。 壊滅寸前から見事な復活を遂げた深い森。どんな哲学が、それを可能にしたのだろう。 アルゴンキン州立公園を訪れた際には、ぜひ訪れておきたい場所がある。公園を管轄するビジターセンターだ。 ここを運営するのは、州立の〈オンタリオ・パークス〉。パーク・ナチュラリストが常駐し、訪れる人々に、さまざまな自然に関する情報を与えてくれる。 ところで「パーク・ナチュラリスト」とは? いわゆる「レンジャー」とは違うのだろうか。 「パーク・レンジャーの主な仕事は公園内を回り、自然や施設のメンテナンスです。いっぽう、パーク・ナチュラリストは、リサーチ活動を行い、マネジメントの方法を考えます。また、ネイチャー・ウォーク.やオオカミの遠吠え鑑賞会.のようなイベントを行って、公園を訪れる人に自然への理解を深めてもらうことも大事な仕事です」 そう話すのは、チーフ・パーク・ナチュラリストのリック・ストロンクさん。アルゴンキンの自然は、レンジャーとナチュラリストの共同活動によって守られている。フィールドに出ることが少ない、日本の国立公園の管理者とはだいぶ違うようだ。 だが、アルゴンキン州立公園の「使い方」は、日本の国立公園と通じる点もある。世界には、一般生活や商業活動の一切を禁じている自然公園も多いが、アルゴンキン内では、日本の国立公園同様、商業活動が認められているのだ。 「カヌーやトレイルのルートから見える場所は除き、公園内の75%は、木材の商業的伐採が認められている地域です。でも実際切られている面積は、1〜.2%程度に過ぎませんよ」 アルゴンキンの原生林は、1830年代から開拓者の手により伐採され続けた。それにより樹齢数百年のホワイトパインが大量にヨーロッパへ輸出されていった。そしてさらなる乱伐と山火事により、いつしか森の大部分が消滅したのだ。アルゴンキンが1893年に州立公園となった理由はそこにある。つまり植林を行うことで、森林や貴重な動植物、そして水源を守るためだったのだ。現在の森はほとんど、伐採後に植樹された樹齢100年にも満たない二次林だ。 現在、公園内には長期滞在できる個人用ロッジや民営の宿泊施設がある。これらは個人の所有物ではなく、すべて州からリースされたものだ。 ここにもお金の動きはある。だが、人間が寛ぎ楽しむ場所を生かす方法と環境保護が見事に両立しているのだ。 商業活動や人間の生活感を廃することなく自然を守る。原生林が破壊された結果、州立公園が生まれたアルゴンキンと、人間が暮らす場所を国立公園として制定した日本。スタートこそ異なれど、「人間と自然の共生」という意味では同じはずだ。 しかし、自然保護の観点からすればその差は歴然。結果として大きな森が復活したアルゴンキンは、自然保護という意味では、未だに山々を切り崩し、道路建設を進める日本の国立公園の遥か先を行く。さらに同じ「商業活動」でも、節度ある必要最低限のものと、環境を食い物にした金儲け主義とでは大違いだ。 見習うべき点は他にもある。日本ではキャンパーによるゴミの放置問題が続出し、人間の食べ物の味を覚えた野生動物が頻出している。だがアルゴンキンのキャンプ場では、野生動物には開けられない専用のゴミ箱が設置されている。また残った食料は、クルマのトランクに入れたり、木に吊るしたりするなどの配慮がされている。さらにカヌーでしか行けない奥地では、自然分解しない缶やビン、自然界に存在しない音を立てるラジオの持ち込みが禁止されている。 入園料を取り、自然保護活動に活かしている点も見逃せない。日本に同様の制度が馴染むものかは分からない。ただ、アルゴンキンの試みを日本で参考にできないか一考するだけの価値は十分にある。 |
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| ●きむら・とうきち 1958年大阪生まれ。『ポパイ』などでモデルとして活躍後、アウトドアスポーツの世界へ。トライアスロンで訪れたミネソタでカナディアンカヌーと出会い、以来のめり込む。現在、河口湖に自宅を構え、アウトドアエッセイストとしても活躍中。
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