ONTARIO OUTDOOR ADVENTURES

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WINTER 2003
Backyard
薪ストーブを囲んで思う事
オンタリオの厳しい冬の間、私達の家は太陽の日射と伝統的な薪ストーブで暖を取れる事に喜びを感じます。燃料となる薪は、近くのロガー(きこり)が注意深く選び伐採したメープルの木々です。物置小屋の回りに二列に積み上げられたメープルの薪は、シーズンまで自然乾燥されていきます。十月初めから四月まで、薪割りと積み上げ作業をし、この貴重な燃料を補給する事が主人と息子の大事な仕事となっています。私達の家の暖炉は大気汚染をしない触媒燃焼システムを採用した鋳鉄製の薪ストーブです。鋳鉄製のストーブはすぐに暖まり放熱し、対流作用により家中を温めてくれます。

ほっぺを赤くし手足もかじかむ様な寒さから戻ると、薪ストーブの暖かさと雰囲気で体中が直ぐに暖まりほぐれて行きます。薪ストーブの横にあるアンティークのロッキングチェアーに腰掛け、ホットチョコレートをすすりながら昔の人々の生活に思いをはせます。1800年代のはじめこの地に入植した農夫達の多くは、生計を支える為収穫が終わると直ぐにロギングキャンプのある森へ入り、木こりの仕事をし一冬を越すの
が恒例となっていました。ある時期にはカナダのおよそ半分の就労人口がこうした生活をしていたのです!「カンブース・シャンティー」と呼ばれる原始的で窓もない丸太小屋に四十〜五十人の男達がそれぞれ二段ベッドに寝泊まりし、中央には釜戸兼暖炉が設置してありました。彼らの食事はパン、豆、塩漬けポークに「斧も浮かぶ程の」濃い紅茶といった質素なもので、非常に辛い生活だった事が伺えます。

こうした背景には、当時ヨーロッパで繰り広げられていたナポレオン戦争の影響が色濃く反映されていました。ヨーロッパでの木材供給源をフランスに断ち切られたイギリスは、戦艦建造の為の木材を大西洋を渡った当時の植民地に求めたのです。オタワ川渓谷とその支流、そして現在のアルゴンキン公園周辺に広大な白松と赤松の原始林を発見し、より高く、真っ直ぐでふしの少ない木を倒していきました。倒された大木は、幅広斧で回りを削がれ角材にされました。その理由は、荒れた大西洋を渡る際船倉で木材が暴れない様しっかり固定させる為と、効率よく船倉に積載する為でした。このような英国に供給した角材の時代は約七十年で幕を閉じましたが、米国経済の発展と共に、ノコギリで製材した材木の需要が次に押し寄せました。再びアルゴンキンの地で伐採が始まりましたが、当時の伝説的な林業王JRブース氏は、経済的な理由からアルゴンキン周辺での森林管理の必要性を感じ、「森林確保と公園設立」の大きなサポート役となり、1893年のアルゴンキン州立公園制定のきっかけとなったのです。こうしたアルゴンキン公園の興味深い歴史は、ロギングミュージアムで精確に知る事が出来ると同時に、今日のアルゴンキン公園の森林としての役割と、その運営方法が分かります。

ロッキングチェアーに揺られ薪の弾ける音を聞きながら、雪に閉ざされた公園にロガー達の軽快な音が響き渡った時代に思いをはせます。そして、今もこうした軽快な音が森に響き渡っている事に気づくはずです。さあ、皆様も是非私達とスキーやスノーシューでトレイルを回り、彼らのメロディーに耳を傾けてはいかがですか?2003年の冬、春、夏、秋にお会いできるのを楽しみにしています。私達と皆様の公園に対する思いを少しでも分かち合える様、どうか皆様のご意見とご希望をお寄せ下さい。

ホリー ブレフゲン
親の影響で幼い時から自然に親しむ。85年、スキーテレマーク社設立。オンタリオ・アウトドアー・アドベンチャーズ代表取締役。 1児の母でもある。








厳しい冬を越す湿原の植物たち
アルゴンキン州立公園内にはBog(ボグ)と呼ばれる池糖に似た湿原が散在し、メープルや松の森と同様アルゴンキンを代表する植生となっています。こうした湿原の多くは酸性で水の循環も無く養分も少ない上、冬の間は雪と凍りに閉ざされる為生物にとっては最悪の条件であると言えるでしょう。ではアルゴンキンのこうした湿原でよく見掛けるラブラドルティーやレザーリーフなどの植物はどの様にして過酷な条件を乗り越えているのでしょう?今回はボグ湿原の過酷な条件に上手く適応した植物の秘密をご紹介します。

冬でも葉を落とさずに光合成を続ける
多くの植物は夏の間葉に含まれるクロロフィル(葉緑素)を使い、光合成をする事で成長に必要な養分を作ります。同時に根からカリウム、窒素、リンの三大養素を取り込みます。夏の間十分な養分を生成した植物は、秋〜冬にかけて日射量が少なくなると効率的な光合成が出来なくなる為葉を落としてしまいますが、根からは生きる為に必要な三大養素は取り込み続けます。アルゴンキンのボグ湿原では植物に必要なこの三大養素がほとんど無い為、ここで生きる植物はこうした養素を他から摂取しなければなりません。そこでラブラドルティーやレザーリーフは、冬の間も葉を落とさずに光合成をし続ける事で、足りない養分を補っているのです。

水分を極力外へ出さない工夫
冬の間も葉を付け光合成を続けるには大きなリスクが隠されています。氷点下が続き時にはマイナス30℃にもなるアルゴンキンでは、水分の多い湿原は完全凍結してしまいます。という事は、雪の無い時期は葉から水分が蒸発する一方で、根から水分を補給する事が全く出来なくなってしまうのです。そこで、これらの植物が身に付けた適応力とは、水分を蒸発しないような葉の形状に変えてしまった事なのです。ラブラドルティー、レザーリーフの葉を見てみると共通して、気孔のある裏側はオレンジ色のベルベットで覆われ、葉の渕は裏側に丸まっています。こうした葉の形状は砂漠の植物に酷似しています。普段は水の豊富な湿原でも、冬は砂漠と化してしまうのがアルゴンキンの過酷さなのです。

ブラドルティー Labrador Tea ツツジ科・イソツツジ属
高さ1m以内で、葉の長さは長さ2〜5cmで深緑。縁が裏側にカールし、裏側はオレンジ色のベルベットで覆われている。花は初夏に、枝の最上部に白い花を咲かせる。「Tea」の名が示す通り、ネイティブの人達は古くから葉を煎じてお茶として飲用し、喉の渇きを潤していた。オジブエ族は「neebeeshaubo」と呼び、旅の際飲むお茶として重んじていた。薬用植物としても利用し頭痛の鎮痛、精神安定効果があるとされている。 また、葉のエキスは蚊除けにも利用されていた。

レザーリーフ Leatherleaf ツツジ科・ヤチツツジ(ホロムイツツジ)
高さ1m以内で、葉の長さは長さ1.5〜5cmで名前のとおり、革のように厚手の緑色。枝の先端に行くに従い葉が小さくなる。裏側は薄茶のうろこ状。花は晩春〜初夏に、すずらん状の白い花を一列に咲かせる。冬にはこの実をグラウスと呼ばれる雷鳥の仲間が好んで食べる。根に共生している菌から窒素を受けている。

雪に覆われたアルゴンキンの湿原



雪の中緑の葉をつけたラブラドルティー



雪に埋もれるレザーリーフ

アルゴンキン、ロギングヒストリー
アルゴンキン州立公園の歴史は、2002夏ニュースレターでもお話しましたが、カナダの主要な産業であるロギング(林業)の歴史と深く結びついています。1950年代までは昔ながらのロギングが公園内で続けられ、冬の季節となると伐採の為、無骨なロガーと呼ばれる木こり達がこの地へ集まって来たのです。今回はこうしたロガー達の生活をご紹介します。

50人のロガー達が一冬を過ごすキャンプ「カンブース・シャンティー
伐採場の近くにはロガー達が一冬の間生活するロギングキャンプが設営されました。伐採した丸太で組み上げたログハウスは「カンブース・シャンティー」と呼ばれ、中央には暖房兼調理用の囲炉裏が設置されていました。ここに2段ベッドを25台入れ約50人の宿泊所兼食堂として使っていたのです。壁に窓は一切ありません。彼らは真っ暗な朝早くから出発し、暗くなるまで戻らないので窓は要らなかったのです。厳しい仕事から戻ってきたロガー達の唯一の楽しみは、シェフがダッチオーブンで調理した夕食のポーク&ビーンズにパンと紅茶、それに仲間達とのお喋りやダンスだったのです。ロガー達の多くは農閑期の出稼ぎ労働者でした。彼らは収穫が終わる10月末には荷物をまとめ、家族に別れを告げ雪解けまで戻って来る事はありませんでした。

ムダの多かったスクェアーティンバー(角材)時代
ノコギリが発明される1800年代後半まで、伐採から角材に加工するまで全て手斧に頼らざるを得ませんでした。この時代を「スクウェアーティンバー時代」といいますが、白松の下から42フィート(約14m)だけを切り、専用の幅広斧で太い丸太の回りを斧で削り取るのは重労働であると共に、削りカスが多く無駄の多い方法でした。無駄を承知でわざわざ角材にした理由は、筏に組みやすく水上運搬が楽だった事そして何よりも、英国へ出荷する際船倉に効率良く積載出来るからだったのです。当時この地の松がいかに未曾有にあると思われていても、これだけ無駄な伐採をしていたら枯渇するのは無理もありません。さらに驚きなのは、切り取った枝や削りカスを燃やした焚き火が原因で、あちこちで山火事が発生し伐採の前に多くの松林が焼失してしまったという事です。

馬力で動く筏船と水陸両用蒸気タグボート「アリゲーター」

冬の間切り出した材木は、湖畔まで運び雪解けと共に湖に浮かべ流し出しました。しかし、多くの湖は流れがほとんどありませんのでここで活躍したのが「キャッジクリブ」と呼ばれた馬力で動く牽引用の筏船でした。丸太で組んだ9mx12mの筏の中心に大きな糸巻きが付けられ、端を進行方向の湖岸に固定した太いロープをこの糸巻きに巻き付け、2頭の馬でロープを巻き取りながらこの筏船を動かして行きました。筏船の後ろには何千本もの丸太を引っ張っているので速度はとても遅いものでした。
1889年には馬力に代わって蒸気機関の付いた通称「アリゲーター」と呼ばれた外輪船タグボートが発明されました。このタグボートは6万本もの丸太を牽引する力があるばかりでなく、自らを牽引する事で陸に上陸し山の中を進み次の湖へと移動する事が出来たのです。アリゲーターは1940年代まで全国で使われたばかりでなく、南米にも輸出されロギングにはなくてはならない機械となったのです。

厳しく、危険なロギングの仕事
ロギングロード(材木運搬道)の整備:時には20トンにもなるソリがスムーズに走るには、除雪は勿論の事「ランナー」と呼ぶソリが通過する部分に水を撒きガチガチに凍らせる作業が必要でした。まだ暗い内に「タンカー」と呼ばれる大きな散水車を湖上に運び、樽で水を汲み上げ、道路に散水する作業は寒く冷たい過酷な仕事でした。
リバードライバー:場所によっては狭く岩だらけの急流に丸太を流さなければなりませんでした。そうした場所は丸太がよく岩に引っかかり、これを直すのは「リバードライバー」と呼ばれる命知らずの男達でした。彼らは「ポインター」と呼ばれる頑丈で回転性能の高い専用の小船を操り、幾つもの瀬を越え引っかかった丸太を取り払って行ったのです。冷たい雪解け水で増水した激流での作業は非常に危険な仕事でした。

林業の歴史がわかるロギングミュージアム
東門のすぐ近く(54.5km地点)にあるロギングミュージアムを訪れると、再建されたカンブースシャンティーや木材運搬ソリ、アリゲーターなどが野外に展示され、1.3キロの周回コースを回るとロギングの歴史がわかる野外博物館になっています。屋内の展示室兼 ブックストアーでは当時のロガー達の様子を記録ビデオでご覧になれます。

当時の典型的なロギングキャンプ


斧で丸太を角材にするのは大変な作業


1946年まで実際に使われていた
アリゲーター



ロギングミュージアム
Editor: Akemi Nishimura, Katsu Sakuma
Illustrator: Akemi Nishimura
Special thanks : Ministry of Natural Resources, The Friends of Algonquin Park , Ontario Parks
Photo credit: Katsu Sakuma
References: "Wildflowers of Alqonquin Provincial Park" by The Friends of Algonquin Park, "Spruce Bog board Walk" by The Friends of Algonquin Park,
"Algonquin Logging Museum" by The Friends of Algonquin Park
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