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カヌーライフ2004年号 創工社 「カナディアンカヌーを使った旅の起源をたずねて」 取材・撮影・文/ 西沢あつし |
トロント国際空港のイミグレーションは、到着が遅れたAC2便と、いくつかの到着便が重なって長蛇の列ができていた。係官は表情ひとつ変えず入国者に厳しい視線を投げかけている。9.11の直前に入国するのだから無理もない。いよいよ僕の番だ。一通りのやりとりをした後、「これからどこへ行くんだ?」と係官は聞いた。「アルゴンキンにカヌーにいきます」と応えると、係官の表情はいきなり変わった。「あそこは素晴らしいところだ」「いい旅を!」と言われて送り出された。
今回の旅をアレンジしてくれたKATSU佐久間氏の家で一泊した後、北へ向かった。 アルゴンキン州立公園はトロント空港から北に約280km、車で4時間弱のところにある。面積は約7,725kmで東京都の面積の約3倍。その中に無数の湖沼とそれらを結ぶ川がある。春から秋のハイシーズンにはカナダはもちろん、アメリカからも自然を求めて、多くの人々が訪れるオンタリオ州の代表的な公園である。夏のキャンプをこの公園で過ごすことは、ひとつのステイタスにもなっているくらいなのだ。 湖畔にあるキラニーロッジで一泊した後、カヌーレイクにあるポーテージストアに向かった。インテリアと呼ばれる公園の深部への入り口となるアクセスポイントは29ヶ所あり、その他2ヵ所のカヌーのレンタルや買い物もできるポーテージストアがある。そこで公園内でいくつかのツアーを実施しているオンタリオ・アウトドア・アドベンチャー(OOA)代表のホリーさんと落ち合った。 まず、僕らは州政府のオフィスで公園使用料を支払って、レクチャーを受ける。そして旅の予定やテントの色を申告し、指定のゴミ袋を受け取ってようやくフィールドに出ることができるのだ。アルゴンキン州立公園の利用は様々なレギュレーションで厳格に決められているが、それはこの公園の自然保護はもちろんのこと、カナダの産業として林業を続けていくための手段でもある。この目的をもって州立公園として制定されたのが、今から100年以上前の1893年、世界初の州立公園の誕生であった。 現在の公園はよく整備されて、カヌールートは延べ2,000km、トレッキングルートは140kmに及ぶ。さらにキャンプサイトは2,000余り。それもオーバーユースを避けるため、1サイトあたりの人数は9名までと規制され、さらに数年でその場所を変えるという徹底振りだ。しかしその徹底管理は大自然を大自然として維持するための手段であり、日本の公園とは意味が違うのだ。 18フィートの大型カヌーに、4日間の荷物と3人の「ボイジャー」を載せて岸を離れた。カナダの約25%を占める湖や河川をカヌーで漕ぎ、その間をポーテージと呼ばれる徒歩で越えていったボイジャー(ヴォワヤジュール)と呼ばれていた毛皮商人の旅のように、アルゴンキンの湖を渡り歩いていく旅をするのである。 国道からのアクセスが楽なカヌーレイクには、夏の間少年少女が集うサマーキャンプがそこかしこにある。かの動物学者シートンが建てたロッジもあるという。カヌーレイクのどん詰まりから最初のポーテージ。カヌーザックやカヌーの担ぎ方のレクチャーを受ける。全てのキャンプ道具や個人装備の他に、カヌーの装備を担がなければならないのだから、陸上の旅であるバックパッキングよりも荷物は絞らなければならない。 カワウソとランデブーしたティピーレイク、そして次に入ったファウンレイクで、KATSU氏が静かに「ムースがいる!」と声を出した。ムース(ヘラジカ)はこのアルゴンキンでも代表的な大型哺乳類だ。刺激しないよう慎重に近づいた。繁殖期を前にして、角を保護していたビロード状の皮が剥けたばかりの立派なオスだ。草を食べるのに夢中なようで、こちらが近づいても動じることがない。フィルム1本撮り終わったころ、それを待っていたかのように僕等に一瞥をくれると、ゆっくりと森の中に入っていった。 次ぎのリトルドーレイクを左に曲がると、川幅一杯に広がった木のダムにぶつかった。ビーバーダムだ。図鑑やテレビでは何度も見ているが、実際に目にすると感嘆する。見事なダムをわずか1m程度の小動物が造ってしまうのだ。 トムトムソンレイクに入ったところのキャンプサイトにあがった。一日目から実にたくさんの動物に出会うことができた。「初日からすごく運がいいですよ」とホリーさん。太陽が傾くと刻々と空の色に赤が混じっていく。時間が経つのを感じさせない初日であった。 翌日はテントをたたく雨の音で目が覚めた。あんなに素晴らしい夕焼けだったのに、観天望気など関係無く無常な雨になった。しかもこの日は行程中もっとも長いポーテージポイントがあるという。朝食を簡単に取ると少々憂鬱な気持ちであったが、これもまたアルゴンキンの表情のひとつである。雨がつくる無数の小さな輪が広がる湖面に出た。 静かな湖面に低く立ち込める水煙。雨滴が水面をたたく音だけが耳に入ってくる。ときおりルーン(アビ)の特徴的な歌声が空間を切り裂いた。湖のどんずまりがポーテージの出発点。インクレイクまでの約2km、整備されているとはいえアップダウンもある山道である。荷物を担いで歩き出すも、すぐに息が上がった。普通のカヌー旅はすべての荷物を担いで何kmも歩くなんてことはない。なんでわざわざこんな思いをしなくちゃいけないのだろう。荷物を降ろそうかと思った頃、突然足元にリスが現れた。僕を先導するように走っていく。そして一本の倒れた木に登り、松ボックリをかじり始めた。追いついて彼(女?)をじっと見つめると、ようやく僕に気がついたのか、飛びあがって驚き、森の中に消えていった。ふと気が付くと表情が緩んでいる自分がいた。40分も歩いたろうか、ようやく森が切れ、湖が見えてきた。北米大陸の東にたどり着いたヨーロッパ人が、大陸を横断して太平洋に達するまでに、約300年要しているというのもわかる気がした。 このポイントを過ぎるとカヌーの姿も減ってくる。これから先は数日間のキャンプを前提としない限り入って来られないからだ。マッキントッシュレイクの次ぎの短いポーテージを越すと、眼前には湿原が広がっていた。葦が生える湿原に水路がくねりつつ続いている。「ドロウ!」「ハット!」前席と後席が息を合わせて漕ぎ進んでいく。パドルが水をすくう音が瀬の高い葦の壁に反射した。湿原を過ぎると広い湖に出た。ビッグトラウトレイクにあるキャンプサイトにあがることにした。 翌日テントから出ると、湖面いっぱいに霧が立ちこめていた。空にはまだ雲が厚く、モノクロームの世界。 朝食をとっている間に次第に明るくなってくる。地面に木々の葉の影が現れてくる。出発するころには雲一つない、みごとなまでの快晴となった。 天気ひとつでこれほどまでに色が違うものか。漕ぎ出すとすぐに何本ものロッドとランディングネットを備えたカヌーとすれ違った。えらくご機嫌だったので釣果があったのだろう。釣りが目的のキャンパーも多い。そしてここはトラウトの本場。特にここのブルックトラウト(カワマス)は1902年に日光は湯川に放され、日本のフライフィッシングの発祥となった。 オッタースライドと呼ばれるクリークは、川底に倒木が折り重なっており、まるで釧路川の源流部のようだ。続いてポーテージ、クリーク、ポーテージ、クリークと忙しく行程をこなしていく。このあたりにくるとポーテージにも慣れが出てくる。確かにすべての荷物を運ばなくてはならないが、水を持ち歩かなくていいというのが嬉しい。どうするかって?湖の水をすくってそのまま飲むのである。ビーバーダムがあるところは危険なので避けなくてはならないが、多少大きな湖ならば身の回りにある水をそのまま飲むことができる。これは、なんという贅沢なことだろう。 天気がいいと漕ぐペースもあがる。かつてのボイジャーは1分間50ストロークで一日15時間も漕ぎつづけていたというが、僕らもかなりのペースで漕いでいた。そしてシングルパドル、オープンデッキカヌーでの何日にも渡る旅は始めてであったが、湖や曲がりくねった川、そしてポーテージを繰り返す旅では、最も適した船であることは疑い様もないことがわかった。 日が高いうちに予定していたキャンプ地まで来てしまっていたので、早めに上陸することにした。テントを張り、一通りのキャンプの準備をすると湖に飛びこんだ。冷やりとした感覚が全身を包む。しばらく水浴びをして、日向の石畳の上で身体を乾かした。夜は満点の星空、深い森に遠吠えと思しき哀しげな鳴き声が何度も響き渡った。翌日KATSU氏に聞いてみると、ウワサに聞くルーン(アビ)の鳴き声であった。 最終日の朝も日の出前に目が覚めた。目の前に広がる薄明るくなった湖面は霧で立ちこめている。次第に明るくなる空。風はまったく感じないのに霧は生き物のようにゆっくりと踊っている。明るくなるに従ってその動きは次第に激しくなってくる。ついに太陽が山の端から姿を現し、光の筋を霧の中に出現させた。すべての色は刻一刻と変化する。朝の一瞬はすばらしいショウである。早起きはトクというよりも、早起きをしないとソンなのである。 パンケーキとベリーのジャムの朝食後、最後のキャンプサイトを離れてゆっくりと漕ぎ出した。15個目の湖であるリトル・ジョーレイクからポーテージをして往路のコースに合流、シングルパドルの扱いにも慣れたところで残念ながらゴールとなった。普通のツアーでは同じコースを5日間かけて周るから、もっとゆっくりとアルゴンキンの森を楽しむことができるであろう。 モントリオールからロッキー山脈までの何千kmを、何ヶ月もかけてボイジャーのトリップと比べるべくも無いが、カヌーで旅をするということの起源を十分に体験することができた数日間であった。 参考文献:「カヌーとビーヴァーの帝国」木村和男著 山川出版社 |
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| 西沢あつしプロフィール 本誌を中心に活躍しているフリーのフォトグラファー・ライター。最近は「親子で楽しむSL旅行+撮影ガイド」(山と溪谷社刊)を著すとともに、矯正施設向けの専門誌「刑政」でSL旅行の連載をはじめ、活動分野を広げている。しかし平日は某通信事業者でマーケティングをしているという顔ももつ。 マリンジャーナリスト会議会員。アフロフォトエージェンシー所属。 | |||||
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